

アイヌ文化のことをもっともっと話したい!
本田優子と村木美幸の二人が、
その魅力を交代で執筆するソンコ(=お便り)形式のエッセイです。

本田優子(ほんだゆうこ)
金沢市生まれ。札幌大学教授。北大卒業後11年間平取町二風谷に住み、アイヌ語講師を務める。
村木美幸(むらきみゆき)
白老町生まれ。アイヌ民族文化財団副理事長。先住民族アイヌの一員として文化継承活動に努める。

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今月のテーマ

パッタキ(バッタ)
村木美幸(アイヌ民族文化財団副理事長)

「飛蝗」飛ぶイナゴと書くバッタは、イナゴやコオロギ、キリギリスなどと同じ仲間です。ぴょんぴょんと跳ねるバッタ類の多くは、強靭な後ろ脚で体長の何十倍もの距離を一気に飛ぶものも珍しくないといいます。アイヌ語ではパッタキやパッタ キキㇼ(バッタ虫)と呼ばれる他、イネ科の植物を好んで食べるのでアマㇺ パッタキ(穀物バッタ)、鳴き声からコㇿコㇿ カムイ(コㇿコㇿ鳴く神)、クンネ パッタキ(黒バッタ)などそれぞれの特徴からさまざまな名前で呼ばれます。
バッタは、人間に災害や危急を知らせるカムイ(神)として物語にも登場します。人間の村が今にも海から上がってくる津波と山から押し出してくる鉄砲水に襲われることがわかったので、パッタキが村に知らせに行ったところ「うるさい」と追い払われたので別の村に行き、その村の村長は知らせに感謝し、パッタキのカムイに拝礼をして村人を避難させて難を逃れたというもの。ちなみに、話を聞かなかった村は跡形もなく痛めつけられたという話。このようにバッタの行動から危険を察知して助かったという伝承もあれば、バッタの「蝗害(こうがい)」から生まれた芸能もあります。帯広カムイトウウポポ保存会が伝承する「バッタキ ウポポ(バッタ踊り)」は「本当にあったお話で、今から150年も前、道東地方に大量のバッタが異常発生をして、作物が大変な被害にあったそうです。その様子を後世に残そうとこの踊りがつくられました。」と紹介されています。

♪ハエイー ハエイー トカチエソオロ ハエイー ハエイー
ハッ チコッチャケタ ハッ チコッカパケ ハア チウトモ キー
ハエイー ハエイー トカチエソオロ ハエイー ハエイー
ハッ チオシマケタ ハッ チシットケウェ ハアッ チウトモ キー♪
と歌い、バッタの動きを真似る踊り。上体を前に倒し、膝を屈伸させながら一歩ずつ踵を上下させて後ろに蹴り上げるように前進します。両肘を背側に高く突き上げ、両手を合わせ前に突き出すという動きを繰り返す基本動作に、立ち止まって両手で膝頭を叩き、翅(はね)を擦るかのように背中で両手を打ち合わせる動作が加わります。膝の屈伸と踵を上下する動きは踊り終わるまで続くので体力的にもハードな踊りですが、お尻を上下させて跳ねるようなユニークな動きは子供から大人まで楽しめます。踊りから「蝗害(こうがい)」はイメージできませんが、過去の被害を風化させないという思いがこの「バッタキ ウポポ」には込められています。

