

アイヌ文化のことをもっともっと話したい!
本田優子と村木美幸の二人が、
その魅力を交代で執筆するソンコ(=お便り)形式のエッセイです。

本田優子(ほんだゆうこ)
金沢市生まれ。札幌大学教授。北大卒業後11年間平取町二風谷に住み、アイヌ語講師を務める。
村木美幸(むらきみゆき)
白老町生まれ。アイヌ民族文化財団副理事長。先住民族アイヌの一員として文化継承活動に努める。

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今月のテーマ

本田優子(札幌大学教授)
イヤイライケレ
(ありがとう)

本田優子(札幌大学教授)

村木美幸(アイヌ民族文化財団副理事長)

村木美幸(アイヌ民族文化財団副理事長)

14年間ご愛読いただいた「ソンコdeソンコ」、いよいよ今号で最終回となりました。この機会に「ソンコdeソンコ」のスタート秘話を…。あれは2011年の春のこと、尊敬する中島尚俊氏(当時のJR北海道社長)から「知里幸恵さんの銀のしずく記念館を見学したい。案内してもらえませんか」という嬉しいご依頼がありました。JRの社長さんとのJRの旅というスペシャルな体験にドキドキしつつ、いざ登別へ。銀のしずく記念館で幸恵さんの人生とその思いをしっかり胸に刻んだ後、白老のアイヌ民族博物館に向かいました。
ウポポイの前身である旧博物館は当時、客足が伸びず閑散としていました。私は仲良しの美幸さんを中島社長にご紹介し、どうしたら多くの方々にアイヌ文化の魅力を知っていただき、来場に繋げることができるのか三人で意見を出し合いました。その時、あるアイデアが浮かんだのです。「JRさんの車内誌で、アイヌ文化のために1ページいただくことはできませんか?」すると中島社長はニッコリして「ああ、できるかもしれませんね」とおっしゃったのです。
そして2012年、連載が始まりました。でも、当初の文章はとんでもなく弾けたりおちゃらけたりしていました。たとえばその年の11月、白糠と釧路の中間にある大楽毛(おたのしけ)が、オタ=砂浜、ノㇱケ=中央という意味だと説明した結びの言葉は、「アイヌ語地名を学んだら、北海道の旅はもっと「お楽しけ~!」(おそまつ)」。読んだ友人から「大丈夫?どうかした?」というメールが届きました(笑)。
他では書けないようなタッチで書くことを許してくださったJR北海道さん、そして今日まで一緒に担ってくださった美幸さんには心から感謝しています。これからも、アイヌ文化について多くの皆さまが関心を持ってくださることを願いつつ、お別れしたいと思います。ソンノ イヤイライケレ(本当にありがとうございました)!

「イヤイライケレ」は、アイヌ語で感謝の意をあらわす言葉です。「ありがとうございます」や「感謝申し上げます」のように、丁寧な言葉として使われることも多く、カムイノミ(神への祈り)の中でもカムイへの謝辞として使われます。私がはじめて「イヤイライケレ」というアイヌ語を聞いたのもカムイノミでした。ポロチセ(大きい家)のチセコㇿカムイ(家の守り神)の送り儀礼で、静内の葛野エカシ(おじいさん)がカムイノミの終盤に、火の神にイナウ(木幣)を捧げ、両手の平を上に向けてゆっくりと上下させながら火の神、祭壇の神、そして参列者に向かって拝礼して「イヤイライケレ」と言って儀礼が終了しました。当時は、言葉の意味は分かりませんでしたが、エカシの所作と声色から相手を重んじる「敬意」のようなものが伝わってきて、とっても心地よい言葉としてインプットされました。声に出して「イヤイライケレ」と感謝することで、なんとなく良い関係性が生まれ、思わず笑顔にもなるので、今では積極的に使うようにしています。感謝の言葉を口にすることでストレスが軽減されるなど多方面に良い影響をもたらすことが科学的にも証明されているので「ありがとう」と声に出して伝えることって大切ですよね。
最終号のテーマを「イヤイライケレ」としたのも、十四年もの長い間「ソンコdeソンコ」を読んでいただいた多くの皆様とイラストや原稿の編集等でお世話になった関係者の皆様に心からの感謝の言葉「イヤイライケレ」を届けたいという思いからです。そして、共に考え、常にサポートしていただいた優子さん、ソンノ イヤイライケレ!
これからもパワーアップしてアイヌ文化の魅力が発信されるので、皆さん楽しみにしていて下さいね。


